
【卒業生インタビュー】下川 真由さん

学校法人岩崎学園では、各校の卒業生に焦点を当てたインタビューを実施しています。今回は横浜デジタルアーツ専門学校でデザインを学び、現在は大日本プロレスにて「レフェリー」「営業」「デザイナー」の三役を兼任しながら活躍する中谷諒平さんにお話をうかがいました。
――まず、はじめに自己紹介をお願いします。
中谷諒平さん(以下、中谷さん): はい、中谷諒平です。横浜デジタルアーツ専門学校を卒業後、大日本プロレスに所属しています。現在はプロレスのレフェリーとしてリングに立ちながら、団体内のグッズや告知デザインも担当しています。営業として入社したはずだったんですが、いつの間にかレフェリーになっていました(笑)。
――在学中はどんな学生生活を送っていましたか?
中谷さん: 最初は漫画やイラストが好きだったんですけど、授業でIllustratorやPhotoshopに触れる中で、「デザインって思っていた以上に奥深くて面白いな」と感じるようになりました。途中からは、本格的にデザイナーとしてやっていこうと気持ちが切り替わった感じですね。
学園祭での展示やグループワークも楽しかったです。自分の作ったものを誰かに見てもらう機会ってすごく貴重で、刺激になりました。
――そもそも、プロレスの世界を目指そうと思ったきっかけは?
中谷さん: プロレス自体は幼稚園のころから好きだったんですが、中学生の頃の進学や部活でだんだん離れていってしまって。でも、岩崎学園に入学してから久しぶりに会場に行ったら、あの頃の熱が一気に戻ってきて。「やっぱりプロレスって面白いな」って改めて思いました。
それからはどんどんのめり込んでいって、気づいたら「自分もあのリングの空気を作る一員になりたい」って強く思ってて、もうその気持ちが抑えきれなかったんです。
――なるほど、つまりその想いのまま卒業後すぐにプロレス団体に就職されたんですか?
中谷さん: いえ、実はそうじゃないんです。ちょうど卒業間際に、大日本プロレスがスタッフ募集をしていて、「とりあえず履歴書だけでも出しておこうかな」と軽い気持ちで送ったんです。でもそのときは何の連絡もなくて……
結局、卒業後はテレビ関係の制作会社に就職して、そちらで4年間働いていました。
――そこからどうやって大日本プロレスに?
中谷さん: いや、これがけっこうドラマチックで……ある日スマホを落として、完全に壊れちゃったんですよ。画面も映らないし。で、新しいスマホに変えた直後、見覚えのない横浜の番号から着信があって、「なんだこれ?」と思って調べたら、大日本プロレスだったんです(笑)。
当時は制作会社で働いていたので、「もしかして仕事の依頼とか……?」なんて淡い期待を抱きつつ、かけ直してみたら、まさかの社長が出てきて。「昔送ってくれた履歴書、掘り起こしたんだよ。まだスタッフ探しててさ」って。
4年も経ってたんですよ? そんなの普通はないですよね(笑)。でもタイミングもバッチリだったし、なにより憧れのプロレス業界ということもあり、「これはもう運命だな」って勝手に思い込んで、即決で前の仕事を辞めました。
――すごいご縁ですね。入社後はどんなお仕事を?
中谷さん: 最初は営業職でした。スポンサー対応やイベントの調整が主な仕事です。でも入社から半年経った頃、「レフェリーもやってみないか?」と誘われて、そこから営業とレフェリーの“二刀流”が始まりました。
――レフェリーの仕事で特に気をつけていることは?
中谷さん: やっぱり気配りですね。選手は試合中に怪我をしていても、「大丈夫です」ってアドレナリンが出ているのでそう返事をしてしまうんです。でも実際には無理していることもあって、僕らがよく見て判断する必要があります。リング上ではレフェリーが最高権限者なので、選手の安全を守るために試合を止めることもあります。責任は重大です。
――デザイナーとしての業務も続けているんですよね?
中谷さん: はい。現在もチラシや告知ビジュアルの制作をしています。試合の対戦カード画像やSNS投稿用の素材もほとんど僕が作っています。団体が小さいので、グラフィックの専門スタッフが少ないんです。動画編集やテロップ入れまで自分でやっています。学生時代のスキルがすごく活きていますね。
――仕事のやりがいや大変なところは?
中谷さん: 全国を遠征するので、家にいる時間がほとんどないのは大変ですね(笑)。先日は北海道に1週間滞在していました。でもその分、いろんな人との出会いがあります。西日本や台湾など、普段行けない場所にも行けて、海外の選手との交流もあります。プロレスは言葉を超えて感動が伝わるので、それが大きなやりがいです。
――そうした活動を続ける中で、岩崎学園とのつながりも再び生まれたそうですね。
中谷さん: はい、ある企業との打ち合わせの中で岩崎学園の話題が出たときに、「実は僕、そこの卒業生なんです!」とお伝えしたことがきっかけで、あらためて母校と関わる機会が生まれました。
今ではゼミでデザインを教えたり、学生さんと交流するようになっています。久しぶりに母校とつながれてとても嬉しいですし、少しでも後輩たちの力になれたらと思っています。
――では最後に、在校生やこれから進路を考える高校生にメッセージをお願いします。
中谷さん: 自分のつくったものを外に出すって、怖いですよね。でも、誰かに見せて初めて、自分が本当に何をつくりたいのかが見えてくるんだと思います。失敗してもいい。恥をかいてもいい。
僕もなんとなく出した履歴書が、4年越しに夢につながるなんて思ってませんでした。でも、あのとき一歩踏み出してなかったら、今の自分はいません。
動けば必ず何かが変わります。だから、迷ってるならまず一歩!自分の力を信じてみてください!