【連載:教育を科学する】第2回 三日坊主を科学で防ぐ。

やる気を「習慣」に変える66日の法則と、忘却曲線への挑戦
執筆者: 伊藤泰宏

この記事は、岩崎学園の教育システムに基づいて、三日坊主や意欲低下は精神論ではなく「脳の仕様」が原因だと解説しています。やる気は待つものではなく「動くことで後からついてくる」という脳科学的知見に基づき、科学的な習慣化や記憶定着の秘訣を学べる内容です。

ゴールデンウィークが終わり、5月も半ばに達しました。学生たちもすっかり新しい生活に慣れてきましたが、ご家庭での様子はいかがでしょうか?

ところで、この「5月」というのは、私たち教員にとっては、大きなターニングポイントなのです。学生たちも入学当初は新しい環境への期待や緊張感から授業にも毎日出席し、課題も順調にこなしていくものです。

ところが、入学から1ヶ月半、「絶対に毎日復習する」と4月に決意したノートはもう開いていない。授業中、気づいたらスマホに手が伸びている――。20年以上この仕事をしてきて、この季節に学生たちから聞く悩み、教員たちから聞く授業運営の相談はほぼ毎年同じです。そして、実のところ、私自身が学生だった頃も全く同じでした。

「五月病」とはよく言ったものですが、ここで「気合が足りない」といったところで、何の役にも立ちません(とはいえ、新任の頃の私はよく言ってました。。。)。やる気が続かないのも、覚えたことを忘れるのも、脳の仕様だからです。仕様であれば、対処法は精神論ではなく設計でしか導けません。

GW明けのこの時期こそ、4月の勢いを「習慣」に変える分岐点です。今回は、私たちの教育システムに組み込んでいる「やる気のスイッチ(BERI)」、記憶を定着させる「分散学習」、そして意志の力に頼らない「習慣化」の秘訣をお伝えします。

1. 「やる気」の正体は、脳ではなく「身体」にある

「やる気が出たら勉強を始めよう」――これは、順番が完全に逆です。

GW中、「連休明けから本気出す」と決めた人は多いはずです。そして連休明け、見事にやる気は出てきていない。これは意志が弱いのではなく、そもそも「やる気を待つ」という戦略自体が脳科学的に間違っているだけの話です。

本連載の監修をお願いしている東京大学の池谷裕二教授は、こう言い切ります。「やる気は、行動した後からついてくる」と。やる気を司る部位として知られる脳の淡蒼球(たんそうきゅう)は、こちらが「じっとしている」あいだは1ミリも動いてくれません。先に身体を動かす。それが唯一のスイッチなのです。

言い換えれば、「やる気が出ない」は症状ではなく、行動していないことの結果。順番を間違えている限り、永遠にやる気は出てきません。

こうした知見を、学生にも伝わりやすい形に整理したものが、私たちが教育設計で重視している「BERI(ベリ)」という4つのスイッチです。

B:Body(身体) ―― まずは机に座る。教科書を開く。これだけ。「やる気が出てから」ではなく、5分でいいから先に身体を動かす。やる気はその後ついてきます。

E:Experience(経験) ―― 脳は、驚くほど飽きっぽい。同じ席、同じノート、同じシャーペン。これだけで脳は「またこれか」とサボり始めます。GW明けでダレているなら、まさにここがチャンス。席を変える、勉強場所をカフェにしてみる、ペンを1本だけ買い替える――それだけで脳は「お、新しいぞ」と起き上がります。

R:Reward(報酬) ―― 「これが終わったらコンビニのスイーツ買おう」――これで十分です。報酬は壮大である必要はなく、むしろ小さくて即時に手に入るものほど効きます。教員や友人からの「いいね」「すごいね」も立派な報酬。だから岩崎学園の教員は、結果ではなくプロセスを褒めます。

I:Ideomotor(なりきる) ―― 個人的に一番好きな話です。憧れの先輩、目標の人物に「成りきる」。これだけで脳は「あ、いま自分はデキる側にいるんだな」と勘違いし、本物のドーパミンを分泌してくれます。演技が、やる気が出る薬と同じ効果を持つ。プラシーボ効果の応用です。

2. 「忘れること」を前提にした戦略:エビングハウスの忘却曲線

やる気のスイッチが入ったとして、次に立ちはだかるのが「忘却」の壁です。

4月に習った専門用語、もう何個覚えていますか? ――実のところ、私も学生時代、月曜の1限で習ったことを金曜には完全に忘れていて、テスト前に「これ初めて見るぞ!!」と本気で思っていました。

でも、これも脳の仕様です。ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスが1885年に発表した「忘却曲線」によると、一度覚えた内容は20分後に58%、1時間後には44%まで保持率が落ちる。つまり午前の授業が終わってお昼ご飯を食べている頃には、もう半分以上忘れています。これは記憶力の問題ではなく、人間の脳が「使わない情報は捨てる」という極めて合理的な設計になっているからです。

ただし、エビングハウスの研究の本当の価値は「どれだけ忘れるか」ではなく、「どうすれば取り戻せるか」を示した点にあります。彼は、適切なタイミングで復習することで、記憶を呼び戻すコストが劇的に下がり、定着率が跳ね上がることを証明しました。

岩崎学園が推奨しているのは、この理論に基づいた「分散学習(Spaced Repetition)」です。試験前に一気に詰め込む「集中学習」よりも、短い時間を空けて何度も繰り返す「分散学習」のほうが、長期記憶への定着率は圧倒的に高い。これは数十年にわたる学習科学の研究でも再現されている、ほぼ動かない事実です。

私たちの授業設計には、この「忘れた頃に思い出す」という、脳にとって最も効率的なタイミングが組み込まれています。学生からすれば「またあれ出てきた」と感じる瞬間――それは偶然ではなく、設計です。

3. 意志の力に頼らない「習慣化」の科学

「やる気」で始める。「分散学習」で定着させる。そして、それを意志の力を使わずに繰り返せる状態――これが「習慣」です。

私はこの仕事で何千人もの学生の伸び方を見てきましたが、最終的に大きく成長する学生に共通しているのは、才能でも初期のやる気でもありません。「歯磨きと同じ感覚で勉強できる状態」にどれだけ早く到達できたか、ただそれだけです。

歯を磨くのに毎朝「よし、磨くぞ!」と気合を入れる人はいませんよね。それと同じ状態を、勉強でもつくれるかどうかの勝負なのです。 では、新しい行動が習慣として脳に定着するまでに、どれくらいかかるのでしょうか。ロンドン大学(UCL)のフィリッパ・ラリー博士らが2009年に発表した研究によると、新しい行動が「自動化」して習慣になるまでに必要な期間は、平均66日※1であることが示されました。

4. 「最初の2ヶ月」を乗り越えるための戦略

「2ヶ月以上か……」とげんなりした方もいるかもしれません。でも、逆を言えばこういうことです。多少の個人差はありますが最初の2ヶ月さえ乗り切れば、その後は自動運転で成長できる。意志の力を使わなくていい。正直なところ、これを学生時代に身に付けられれば、人生そのものも楽しくなるに違いありません。

問題は、その2ヶ月をどう乗り切るかです。長年学生を見てきて強く感じることがあります。学生が習慣化に失敗する最大の原因は、意志が弱いからではなく、「独りで戦っているから」です。

ダイエットも英語学習も筋トレも、続かない人の多くは「自分でなんとかしよう」とした結果、燃え尽きます。逆に続いている人の多くは、ジムのトレーナー、英会話の先生、SNSの仲間――誰かが伴走してくれる仕組みを持っています。

岩崎学園では、この「最初の2ヶ月」を学生が独りで戦わないよう、以下の3つを設計に組み込んでいます。

① スモールステップでの「できた!」の可視化―― 66日の道のりを細かく区切り、小さな達成を見える化します。「今日もLMS(学習システム)へのログイン記録が続いた」「今週の課題が出せた」――この小さな達成感(=Reward)が、次の行動への抵抗感を確実に下げます。

② 教員による伴走(共感と称賛)―― 習慣化の初期段階は、心理的なハードルが最も高い時期です。私たちが定めている「教職員の10の行動指針」には、「否定せず共感から入る」「プロセスを褒める」という項目があります。これは精神論ではなく、デリケートな時期の学生を支えるための、社会心理学の古典的研究でも示されている科学的なアプローチです。

③ データサイエンスによる予兆検知―― ここは私の専門領域です。学びのログを分析することで、習慣化が途切れそうな兆候はかなり早い段階で検出できます。出席パターン、課題の提出タイミング、ログイン頻度、教員との面談記録――こうした小さな変化は、本人すら気づいていないことが多い。だからこそ、教員が先にそれに気づき、本人が落ち込む前に声をかけることに意味があります。「最近どう?」というありふれた言葉の裏に、学生一人ひとりを見落とさないための仕組みがあります。

学生の頑張りを、精神論ではなく、設計とデータで支える。これが岩崎学園のやり方です。

5. 保護者の皆様へ:見守り方のヒント

最後に、保護者の皆様へ。

自宅で毎日顔を合わせていると、ご子息・ご令嬢の様子が逐一目に入ります。「最近、課題に手をつけていないな」「朝、起きるのがつらそうだな」――心配の種は尽きません。でも、ここまでお読みいただいた方はもうお気づきの通り、新しい挑戦が続かないのも、覚えたことを忘れるのも、人間共通の脳の仕組みです。「うちの子は意志が弱いのでは」と心配する必要はありません。

距離が近いからこそ、難しいのが声のかけ方です。「やる気あるの?」「ちゃんとやってるの?」と詰問したくなる瞬間もあると思いますが、それは脳科学的にもほぼ逆効果。

代わりに、親子で共有しておきたい合言葉が二つあります。

「やる気は、動き出した後についてくる」

「忘れるのは脳の標準仕様」

この二つを家族の共通認識にしておくだけで、ご子息・ご令嬢が壁にぶつかったとき、自分を責めずに済みます。

ポイントは、親が教えるのではなく、「一緒に知っておく知識」として扱うこと。「最近こんな話を聞いてさ」と話題にするくらいが、ちょうどいい距離感です。

もう一つ。頑張りを評価するときは、「結果」より「プロセス」を見てあげてください。「資格に合格してすごいね」より、「毎日コツコツやってたもんね」。前者は次に落ちた瞬間に崩れますが、後者は続ける力として本人の中に残ります。

専門学校生という時期は、親が手を引く時期ではなく、隣に立つ時期です。指導するのではなく、信じて待つ。これが一番難しいのですが、一番大切なのではないかと思います。

GW明けの今、1年生の多くは「思っていた学校生活と違う」「自分にこの仕事、向いてるんだろうか」という、入学前には想像しなかった種類の悩みを抱え始めます。家ではあまり口にしないかもしれませんが、確実に揺れています。でも、4月に植えた学びの種は、夏を過ぎる頃には「あ、できるようになってる」という確かな手応えに変わります。今が、その分岐点です。

私たちは、この「最初の66日」を、科学の力と教員の眼差しで全力で支えてまいります。


【注釈】※1 ただし、個人差もあり18〜254日程度のばらつきがあります

【参考文献・出典】

  • ・上大岡トメ&池谷裕二 著『のうだま やる気の秘密』(幻冬舎, 2008)
  • ・Ebbinghaus, H. (1885). Über das Gedächtnis: Untersuchungen zur experimentellen Psychologie.
  • ・Lally, P., van Jaarsveld, C. H. M., Potts, H. W. W., & Wardle, J. (2010). How are habits formed: Modelling habit formation in the real world. European Journal of Social Psychology, 40(6), 998–1009.
  • ・Mueller, C. M., & Dweck, C. S. (1998). Praise for intelligence can undermine children’s motivation and performance. Journal of Personality and Social Psychology, 75(1), 33–52.

伊藤泰宏

マーケティング・教育事業創造本部 本部長

学校法人岩崎学園CDO(Chief Data Officer)・評議員。20年以上にわたり教育・学校マネジメントの現場で学生の成長に伴走。データサイエンスの専門家として学会・コミュニティでの研究・情報発信にも従事。現在は、100年の歴史を未来へつなぐため、脳科学・心理学・教育工学・データサイエンスを軸とした次世代教育システムの構築を主導している。